会社や事業を買うときは〜M&A〜 (弁護士 寺澤政治)


最近では中小企業においても「M&A」が行われるようになってきました。しかし、「M&A」といっても、会社の合併や株式の取得、事業の譲渡などいろいろな手法があり、それぞれにメリット、デメリットがあります。また、会社や事業を買った後に思わぬトラブルに巻き込まれたり、多額の債務を負担する結果になってしまうなどの失敗例も見られます。そこで、中小企業にとっての「M&A」について考えてみます(2008/11/29)。


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M&Aのケース・スタディ

 中小企業の場合、M&Aの専門家のサポートが十分行き届いていないせいもあるのでしょうが、相手方の会社や事業の内容を十分調査せず、あるいは、買収の手法によるリスクをあまり考慮しないまま、会社(株式)や事業を買ってしまうケースが少なくありません。
 すでにM&Aを経験されている方には不要かもしれませんが、まず、具体的なイメージを持っていただくために、2つのケースをご紹介します(実例を基にしておりますが、かなり修正、脚色しております)。

[ケース1]
 メーカーであるA社は、売上拡大を目指して、B国にある同じ業種のメーカーであるB社を買収しました。ところが、B社工場に機械を設置しようとしたところ、その工場の基礎の強度不足が判明し、工場の全面的な改修工事を実施しなければならなくなりました。また、B社はB国内で訴訟を提起されていたことが判明し、その敗訴により多額の賠償金の支払を命じられました。工場での生産開始に至った後も、不良品の発生率が高く、返品クレームが続出しました。
 結局A社によるB社の買収は失敗に終わりました。


[ケース2]
 C社は、仲介業者から、D社の買収を持ち掛けられました。D社は、代表者が亡くなり、その後代表者となった奥さんでは経営は難しいため、会社を売却したいとのことでした。D社が特殊分野の技術指導や機器の輸入販売・メンテナンスなどを行っており、競争相手も少ないとのことから、事業の将来性があると考えたC社は、D社の買収を検討し、弁護士に相談しました。
 仲介業者から交付されたD社の資料を検討した弁護士の意見は、@D社の事業内容は技術者への依存度が高いが、技術者を将来にわたって確保できるか否かなどを調べる必要があること、A外国企業との複数のライセンス契約などの内容を精査する必要があること、B役員の退職慰労金が発生すること、C営業利益の減少傾向が認められ、技術の陳腐化や競合他社の存在などの事業環境を調査する必要があること等から、法務・財務デュー・デリジェンスの実施が必要とのことでした。
 しかし、仲介業者は、「両手」(売り手だけでなく買い手も同じ仲介業者に依頼すること)でなければ仲介しないとして、C社の依頼した専門家によるデュー・デリジェンスに応じなかったことから、C社は、D社の買収をやめました。


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何のためにM&Aを行うのか?

M&Aを行う場合、何のためにM&Aを行うのか、そのM&Aによって会社の事業にどのような相乗効果(シナジー)が生じるのかがもっとも重要である。

 他の会社や事業を買おうとする中小企業の場合、経営が順調であったり、成長局面にあったりして、経営者としての自信が漲っている状況ではないでしょうか。M&Aの仲介者や売り手側は、会社や事業を買ってほしいという思惑があるわけですから、会社や事業の「いい話」を強調してきます。この事業は将来性があるのではないか?この会社を買えばさらに大きく飛躍できるかもしれない。経営者としての夢が膨らむのも理解できるところです。
 しかし、事業を運営していくことがいかにたいへんかは、経営者の皆さんが身にしみて一番よくわかっているところでしょう。特に中小企業の場合、マネジメントのできる優れた人材の確保がどこでも問題となっています。もし、今の会社とまったく異なる分野の事業を買収した場合、現在の会社に加えて、さらに畑の違う事業のマネジメントも行わなければならないのです。
 M&Aを何度も実施し、買収した会社や事業をコントロールできる人材やノウハウが十分揃っているのであれば別ですが、そうでなければ、まずは何のためにM&Aを行うのか、そのM&Aによって会社の事業にどのような相乗効果(シナジー)が生じるのかということをよく考えるべきです。
 競合相手を買収することにより市場での競争力を高めることができる、現在の事業分野と隣接する分野を取り込むことにより総合的なサービスが可能となり優位性を高めることができる、製造工程全般を取り込むことによるコストの低減を図ることができる等、具体的な相乗効果(シナジー)が認められない場合、そのM&Aはかなりリスキーな「賭け」となってしまうかもしれません。


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M&Aの手法とメリット・デメリット

企業買収には、会社(株式)を買収する方法と、資産(事業)を買収する方法とがある。
 M&Aとは、Merger(企業結合)&Acquisition(企業買収)の略です。
 企業結合の手法としては、@合併、A株式交換、B会社分割があります。これらは、相手方の会社の全部または特定部門を、自社と合体させたり、子会社化したりする手法です。
 企業買収の手法としては、@相手方の会社(株式)を買収する方法(Stock Acquisition)と、A資産を買収する方法(Asset Acquisition)とがあります。@は、相手方の会社の経営権を取得する手法で、Aは、相手方の会社から事業を取得する手法です。
 以上は会社の経営権や事業を取得する方法ですが、相手方との連携を強化することでM&Aに準じた効果を得ようとする場合もあります。これには、相手方の会社の株式の一部取得や合弁会社の設立といった資本提携や業務提携などの手法があります。

相手方の会社や事業の取得
企業結合 合併
株式交換
会社分割
企業買収 事業譲渡
過半数の株式の取得(株式譲渡、募集株式の割当(新株割当)、現物出資・事後設立)
相手方との連携強化
資本提携 株式の一部取得(株式譲渡、募集株式の割当)
合弁会社の設立
業務提携 業務提携

 次に、M&Aの手法としてよく用いられる株式の買収(株式譲渡)と事業の買収(事業譲渡)について、そのメリット、デメリットを検討してみましょう。


株式譲渡(Stock Deal)のメリット・デメリット
 相手方の会社の過半数の株式を買収することにより、相手方の会社の経営権を取得する手法です。新たに許認可を取得したり、対抗要件を備えたり(移転登記等)する必要はありませんが、相手方の会社の債務もそのまま負担することになります。したがって、相手方の会社の事業に魅力があっても、相手方の会社が債務超過のような場合には、法的手続を介さずにこの手法を採ることは危険です。

■ 事業譲渡(Asset Deal)のメリット・デメリット
 相手方の会社から、事業(営業、設備、顧客、従業員、在庫、のれん等)を買収する手法です。事業の主体が変わることになるので、新たに許認可を取得したり、対抗要件を備えたり、取引先から取引継続の承諾を得たりする必要がありますが、必ずしも相手方の会社の債務をそのまま承継しなければならないというわけではありません(債務の種類ややり方によっては承継することになる場合もあります)。したがって、取得が容易でない許認可にかかわる事業などの場合は、この手法が採れないこともあります。


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転ばぬ先の杖=デュー・デリジェンス

M&Aで失敗しないためには、法務・財務デュー・デリジェンスを実施して、相手方の会社や事業の問題点を精査することが必要である。
 どの手法を採るにしても、M&Aで失敗しないためには、買収しようとする相手方の会社や事業の内容を、あらかじめよく調査して、そのリスクを十分把握するとともに、株式や事業の価格を適正に評価することが必要不可欠です。これを、デュー・デリジェンスといいます。
 デュー・デリジェンスでは、弁護士や公認会計士・税理士などの専門家を使って、一定期間内に、相手方の会社の定款、登記関係書類、株主名簿、就業規則その他の社内規定、過去及び現在の決算書や会計帳簿、契約書など膨大な資料を精査し、さらには面談調査などを実施しなければなりませんので、それ相応のコストを要します。
 中小企業の場合、このデュー・デリジェンスが十分に行われず、ケース・スタディのような事態に陥ってしまう場合が少なくないのです(なお、[ケース2]は、専門家に相談したことによって、失敗を未然に防止できたケースといえるでしょう。)。
 目先のコストを惜しんで、思わぬ損失を被らないためにも、専門家によるデュー・デリジェンスは必ず実施してください。



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