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労働契約法の目的
第1条(目的)
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この法律は、労働者及び使用者の自主的な交渉の下で、労働契約が合意により成立し、又は変更されるという合意の原則その他労働契約に関する基本的事項を定めることにより、合理的な労働条件の決定又は変更が円滑に行われるようにすることを通じて、労働者の保護を図りつつ、個別の労働関係の安定に資することを目的とする。 |
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労働契約は、労働者と使用者という当事者間の合意によって契約内容を自主的に決定することが基本です(合意の原則)。ただし、労働関係においては労使間の実質的な格差を考慮し、合理的な労働条件が円滑に定められるようにすることで労働者の保護を図りつつ、個別の労働関係を安定させることを目的としています。
これまで個別労働関係を規律する法律は、使用者に対し、労働条件の最低基準を遵守させるための行政取締法規である労働基準法が中心でした。これに対し、労働契約法は、労働者と使用者との間の労働契約に関する民事的なルールを明確化するもので、労働契約に関する民法の特別法と位置づけられます。したがって、労働契約法には、労働基準法と異なり、罰則が設けられておらず、行政機関による指導監督も行われません。しかし、労働契約法の規定の多くは、確立した判例法理を立法化したものですので、労働契約の成立、変更、継続、終了のいずれの局面においても、労働契約法に定めるルールをよく理解しておく必要があります。
労働契約法は、全部で19条しかありません。@総則(労働契約の基本原則)、A労働契約の成立及び変更に関するルール、B労働契約の継続及び終了に関するルール、C期間の定めのある労働契約に関するルールに分けて、その内容を見ていきましょう。
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労働契約の基本原則(総則)
第3条(労働契約の原則)
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1 |
労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。 |
2 |
労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする |
3 |
労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。 |
4 |
労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。 |
5 |
労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。 |
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労働契約は労使対等の合意により締結・変更すべきこと(1項)、就業の実態に応じて均衡(バランス)を考慮して締結・変更すべきこと(2項)、信義誠実の原則(4項)、権利濫用の禁止(5項)等、労働契約の基本原則について定めています。
第4条(労働契約の内容の理解の促進)
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1 |
使用者は、労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容について、労働者の理解を深めるようにするものとする。 |
2 |
労働者及び使用者は、労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。)について、できる限り書面により確認するものとする。 |
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労働基準法第15条第1項・労働基準法施行規則第5条では、使用者に対し、以下の事項につき、労働契約締結時における労働者への書面の交付による明示を義務づけています。
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契約の期間 |
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A |
就業の場所・従事する業務の内容 |
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B |
始・終業時刻、所定外労働の有無、休憩時間、休日、休暇、交替制勤務をさせる場合は就業時転換に関する事項 |
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C |
賃金の決定・計算・支払方法、賃金の締切り・支払時期に関する事項 |
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D |
退職に関する事項(解雇の事由を含む。) |
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第5条(安全配慮義務)
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使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。 |
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最高裁昭和59年4月10日判決(川義事件)で確立した判例法理を明文化したものです。
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労働契約の成立及び変更に関するルール
第6条(労働契約の成立)
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労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。 |
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労働契約が労働者と使用者との合意により成立すること(合意原則)を明記したものです。
第7条(労働契約の成立)
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労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。 |
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労働契約を締結する場合において、@合理的な労働条件が定められていて、A労働者に周知させていた就業規則がある場合は、別段の合意がある部分を除き、労働契約の内容は就業規則の定める労働条件によるとするルールを定めています。
@につき最高裁昭和43年12月25日判決(秋北バス事件)、Aにつき最高裁平成15年10月10日判決(フジ興産事件)で確立した判例法理を明文化したものです。
第8条(労働契約の内容の変更)
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労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。 |
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労働契約の内容の変更も労働者と使用者との合意によることが原則(合意原則)とするものです。
第9条(就業規則による労働契約の内容の変更)
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使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。 |
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第10条(就業規則による労働契約の内容の変更)
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使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等の交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めることろによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。 |
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労働契約の途中で、労働契約の内容である労働条件を変更する場合、原則として、就業規則の変更による一方的な労働条件の不利益変更はできないが、@労働者に変更後の就業規則を周知させ、A就業規則の変更が合理的なものである場合は、就業規則の変更による労働条件の不利益変更を認めるとするものです。これも、上記@Aの判例法理を明文化したものです。
そして、合理的なものか否かは、@労働者の受ける不利益の程度、A労働条件の変更の必要性、B変更後の就業規則の内容の相当性、C労働組合等の交渉の状況、Dその他の就業規則の変更に係る事情の5つの要素を考慮して判断するものとしています。これは、最高裁平成9年2月28日判決(第四銀行事件)等の判例法理を整理したものといえます。
第11条(就業規則の変更に係る手続)
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就業規則の変更の手続に関しては、労働基準法第89条及び第90条の定めるところによる。 |
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第12条(就業規則違反の労働契約)
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就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。 |
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従前の労働基準法93条の規定を労働契約法に移行したものです。
第13条(法令及び労働協約と就業規則との関係)
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就業規則が法令又は労働協約に反する場合には、当該反する部分については、第7条、第10条及び前条の規定は、当該法令又は労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約については、適用しない。 |
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労働契約の継続及び終了に関するルール
第14条(出向)
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使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効である。 |
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出向(在籍出向)を命じることができるための要件として、「労働者の同意」が必要とされておりますが、出向の際に労働者の個別の同意を得ていなくても、就業規則や労働協約に使用者の出向命令権、労働者の出向義務の定めがある場合には、労働者の包括的な同意が認められるとされる場合が多いようです(さらに出向先での基本的な労働条件の定めをしておくべきでしょう)。
出向命令について、出向の必要性、対象労働者の選定基準の合理性、労働者が受ける不利益の程度、手続きに不相当な点があるか否か等の諸事情を総合的に考慮し、権利の濫用に当たる場合には、無効となるとのルールを定めています。これは、最高裁平成15年4月18日判決(新日本製鐵事件)の判例法理を明文化したものです。
第15条(懲戒)
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使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。 |
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懲戒処分を行うためには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由をなどを定めておく必要があります(最高裁昭和54年10月30日判決(国労札幌事件)、最高裁平成15年10月10日判決(フジ興産事件)等)。なお、労働基準法第89条9号では、就業規則に「制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項」を記載しなければならないとされています。
懲戒処分について、労働者の行為の性質、態様等からみて処分が相当か否か等の諸事情を総合的に考慮し、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、無効となるとのルールを定めています。これは、最高裁昭和58年9月16日判決(ダイハツ工業事件)等で確立した判例法理を明文化したものです。
第16条(解雇)
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解雇は、合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。 |
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解雇について、合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、無効となるとのルールを定めています。
これは、最高裁昭和50年4月25日判決(日本食塩事件)等で確立した判例法理を明文化した従前の労働基準法第18条の2の規定を移行したものです。
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期間の定めのある労働契約に関するルール
第17条(期間の定めがある労働契約)
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1 |
使用者は、期間の定めがある労働契約について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。 |
2 |
使用者は、期間の定めのある労働契約について、その労働契約により労働者をしようする目的に照らして、必要以上に短い期間を定めることにより、その労働契約を反復して更新することのないよう配慮しなければならない。 |
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第1項は、期間の定めがある労働契約(有期労働契約)について、使用者はやむをえない事由がなければ、期間途中で労働者を解雇できないというルールを定めています。
第2項は、有期労働契約の締結・更新の際、労働契約の目的に照らして、必要以上に短い期間を定めて、反復更新することのないよう、使用者の配慮義務を定めています。
有期労働契約が反復更新されてきたのに、使用者の都合で契約期間満了による雇止めを通告されたというケースにつき、最高裁昭和49年7月22日判決(東芝柳町工場事件)は、「労働契約は・・・期間の満了毎に当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたもの」であり、「雇止めの意思表示は・・・実質において解雇の意思表示にあたる」と解されることから、「雇止めの効力の判断に当たっては、・・・解雇に関する法理を類推すべきである」と判示しました。有期労働契約でも、反復更新され、実質的に期間の定めのない契約と変わらないものと解される場合には、期間満了ということだけで一方的に雇止めをすることはできないことになります。
また、労働基準法14条2項に基づく「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準基準」(平成15年10月22日厚生労働省告示第357号)では、「使用者は、有期労働契約(当該契約を1回以上更新し、かつ、雇入れの日から起算して1年を超えて継続勤務している者に係るものに限る。)を更新しようとする場合においては、当該契約の実態及び当該労働者の希望に応じて、契約期間をできる限り長くするよう務めなければならない。更新する場合がある旨明示したときは、更新し又は更新しない場合の判断基準を明示しなければならない。」と定めています。労働契約法の規定は、その趣旨を広げて明文化したものといえます。
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