民事信託の活用と課題G (弁護士 寺澤政治)


 平成23年1月11日日弁連講堂クレオにて、「民事信託の活用と課題」と題する弁護士研修講座の講師を務めました。民事信託とは、高齢者の財産管理のための信託、障害者の扶養のための信託、子や孫の養育や教育のための信託、遺産分割による紛争の防止や財産承継の手段としての信託など、親族内における財産の管理、移転等を目的とする信託をいいます。講演のダイジェスト第8回も、引き続き活用例について考えてみましょう(2011/1/24)。


リストマーク 事例4 子に財産を承継させるための信託の活用例@

Aさんには、妻Bと子CDがいます。Aさんは、自分が死亡した後、Bが再婚し、自分の財産がCDでなく、Bの再婚相手やその連れ子に移転してしまうことを心配しています。


夫A




妻B



再婚
再婚相手


┏┻┓
子C


子D


連れ子



■ 遺言
 Aさんが死亡すると、Aさんの遺産は、遺言がない場合、Bに1/2、CDに1/4ずつ相続されますが、もし、Bが再婚した場合、Bが死亡すると、Bが相続により取得した財産の1/2はBの再婚相手のものとなってしまいます。
 Aさんとしては、Bに相続させる財産をその遺留分(1/4)の限度にとどめ、残りをCDに相続させる内容の遺言を作成することが考えられますが、Bが相続することになる1/4については、Bの死後その1/2が再婚相手のものとなってしまいます。

■ 信託の活用
 そこで、Aさんとしては、信頼できる親族を受託者(ただし、Bを受託者とする場合もあるかもしれません)、CDを受益者として、信託財産をCDのために利用するものとし、Bが死亡したときには信託が終了して、財産がCDに帰属するものとする信託を設定することが考えられます。
 さらに、Bの遺留分を侵害しないようにするためには、Bを受益者として、信託財産の賃料収入や配当収入などの収益受益権の全部または一部をBに帰属させることとします。そして、Bの死亡により信託が終了し、収益受益権も最終受益者であるCDに帰属するように定めておくと、Bの遺留分を侵害することなく、Bの死亡後は財産はすべてCDに移転させることが可能となります。
 ただし、現在の信託税制(贈与税・相続税)では、このようなスキームを用いると不利になる場合があるので、注意を要します。


リストマーク
事例5 子に財産を承継させるための信託の活用例A

Aさんには、先妻Bとの間の子CDと後妻Eがいます。CDはすでに独立しており、Aさんとしては、自分が死亡した後は、後妻Eの生活が心配ですが、後妻Eが死亡した後は、自分の財産がCDでなく、Eの親族らに移転してしまうことを心配しています。


先妻B


(亡)


夫A




後妻E


┏┻┓
子C


子D


Eの親族



■ 遺言
 Aさんが死亡すると、Aさんの遺産は、遺言がない場合、Eに1/2、CDに1/4ずつ相続されますが、その後Eが死亡すると、Eが相続により取得した財産は、EとCDとが養子縁組を行っていなければ、すべてEの親族に相続されてしまい、CDに移転しないこととなります。
 Aさんとしては、Eに相続させる財産をその遺留分(1/4)の限度にとどめ、残りをCDに相続させる内容の遺言を作成することが考えられますが、Eの生活保障には不足する場合も考えられますし、Eが死亡すると、Eが相続により取得した財産は、同様にEの親族に相続されてしまい、CDに移転しないこととなります。

■ 信託の活用
 そこで、Aさんとしては、信頼できる親族を受託者、Eを第1受益者として、信託財産の賃料収入や配当収入などの収益受益権を帰属させて、その生活を保障し、Eが死亡した後は、信託が終了し、信託財産は、Eの収益受益権も含め、CDに帰属するという内容の信託を設定することが考えられます。信託を活用することにより、Eの死亡後、Aさんの財産はEの親族には移転せず、CDのものとすることが可能となります。
 ただし、現在の信託税制(贈与税・相続税)では、このようなスキームを用いると不利になる場合があるので、注意を要します。



リストマーク 受益者連続信託で受益権が複層化された信託における相続税の課税の問題点

■ 受益権が複層化された信託とは
 事例4、事例5において、現在の信託税制で不利になる場合があると言いました。最後にこの点についてコメントします。
 事例4、事例5では、配偶者には、信託財産の賃料収入や配当収入など信託財産の管理及び運用によって生ずる利益を受ける権利(これを収益受益権といいます)を帰属させ、子には、信託財産自体を受け取る権利(これを元本受益権といいます)を帰属させるというスキームを考えました。このように、信託において、収益受益権と元本受益権とが異なる者に帰属する場合を、受益権が複層化された信託といいます。
 ちょっと乱暴な言い方かもしれませんが、信託には、たとえば不動産という財産に信託を設定することにより、不動産の所有権という物権を、受益権という債権に転化してしまう機能があります。その際、その受益権を、不動産の賃料収入という収益を受け取る権利(収益受益権)と、不動産そのものを受け取る権利(元本受益権)とに分けて、これを異なる者に帰属させたり(複層化)、権利に期間的な制限や条件を設定したりすることができるわけです。

■ 受益者連続信託で受益権が複層化された信託における相続税の課税
 現在の相続税法では、受益者連続信託で、かつ、受益権が複層化された信託に関し、収益受益権の全部を適正な対価を負担せずに取得した場合の収益受益権は、利益を受ける期間の制限が付されていたとしてもこれが付されていないものとみなされ、信託財産の全部の価額で評価されることとなっています(相続税法9条の3)。他方、この場合の元本受益権の評価額はゼロとなります。
 事例5を前提に考えますと、一次相続(Aの死亡時)では、後妻Eは元本を取得せず、収益を給付されるだけですが、信託財産をまるまる取得したものとみなされて、相続税が課税されます。そして、二次相続(後妻Eの死亡時)により、収益受益権は後妻EからCDに移転することになりますが、このとき、信託財産がまるまる後妻EからCDに遺贈されたものとみなされて、相続税が課税されます。しかも、CDは後妻Eの相続人ではないため、相続税法18条による相続税額の加算がされ、相次相続控除(
10年以内に続けて相続が発生した場合に相続税を一部軽減する制度)の適用もないことになります。
 通常は、父から子への1世代間の財産移転で1回分の相続税または贈与税を納めればよいわけですが、上記のスキームをそのまま採用すると、父から最終的に子に移転するまでに2回分の相続税がかかってしまうばかりでなく、後妻と先妻の子とは被相続人・相続人の関係にないことから、さらに課税上不利となってしまうわけです。
 このように、現在の信託税制においては、受益者連続信託で、かつ、受益権が複層化された信託の活用については、課税上の問題を十分考慮して慎重に検討する必要があります。
(完)


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