民事信託の活用と課題@ (弁護士 寺澤政治)


 平成23年1月11日日弁連講堂クレオにて、「民事信託の活用と課題」と題する弁護士研修講座の講師を務めました。民事信託とは、高齢者の財産管理のための信託、障害者の扶養のための信託、子や孫の養育や教育のための信託、遺産分割による紛争の防止や財産承継の手段としての信託など、親族内における財産の管理、移転等を目的とする信託をいいます。講演内容をダイジェストで連載していきたいと思います(2011/1/14)。


リストマーク 高齢者の財産管理のための信託

■ 老後の財産管理のための信託
 高齢者のTさんは、複数の不動産や預貯金等の資産を保有し、賃貸アパートを建てる等の運用もしていますが、認知症になる等して判断能力を失った場合、不動産の処分や資産運用もできなくなる等の不安を抱えていました。そこで、Tさんは、自分の所有する資産を「信託財産」とし、長男を「受託者」としてその運用・管理等を任せ、信託財産から生活費などを払ってもらい、Tさんが死亡した時に信託が終了し、信託財産は最終的に長男に帰属するという内容の信託を設定しました。
 このような信託は、Tさん(委託者)と長男(受託者)との間で信託契約を締結することにより設定することができます。




委託者
Tさん

不動産・
預貯金等


受託者
長男
生活費


受益者
Tさん


信託の内容
委託者 Tさん
受託者 長男
受益者 Tさん
信託財産 Tさん名義の不動産や預貯金
信託の目的 信託財産の管理運用を行い、Tさんに生活費を交付
信託の終了事由 Tさんが亡くなった時


リストマーク
財産管理契約との比較

■ 財産管理契約とそのデメリット
 上記の例において、信託を使わない場合、どのような方法で対応ができるでしょうか。まず、Tさんを委任者、長男を受任者として、Tさんの財産に管理等を委任する契約(財産管理契約)を締結することが考えられます。財産管理契約は民法上の委任契約であり、委任者であるTさんが老化により判断能力が低下したとしても終了することはありません(民法653条参照)。
 しかし、財産管理契約による財産管理には、以下のデメリットがあると考えられます。
 @ 委任者であるTさんが勝手に財産を処分してしまった場合、受任者である長男が直ちにこれを取消すことができません。受任者に固有の同意権や取消権がなく、判断能力がなくなった委任者の財産を守るという観点からは十分ではありません。
 A 例えば、成年後見制度の場合は、成年後見登記により成年後見人であることを証明できますが、財産管理契約の場合は、代理権を公的に証明する手段がありません。
 B 一般的には、受任者の監督手段が準備されていません。



リストマーク 任意後見制度との比較

■ 任意後見制度とそのデメリット

 任意後見制度とは、本人が判断能力を有している間に、契約によって任意後見人受任者を定めておき、認知症などの精神上の障害により判断能力が不十分な状態となったときに、任意後見人に身上監護や財産管理などの後見事務を行ってもらうという制度です。
 Tさんが長男を任意後見受任者として任意後見契約を締結することにより、将来判断能力が不十分な状態となったときに、任意後見人となった長男に身上監護や財産管理に関する事務を行ってもらうことができますし、任意後見契約の効力は、家庭裁判所が任意後見監督人を選任したときから生じることになるので、任意後見人の監督ということも制度的に準備されています。また、任意後見では登記がありますので、登記事項証明書により任意後見人であることの公的な証明が可能となります。
 そこで、Tさんのケースでは、長男との間で任意後見契約を締結し、あるいは、財産管理契約と任意後見契約を併用して対応することが考えられます。前者を将来型の任意後見、後者を移行型の任意後見といいます。
 しかし、任意後見制度にも、以下のデメリットがあると考えられます。
 @ 任意後見人には固有の同意権、取消権が認められていないので、本人が勝手に財産処分をした場合、直ちに取り消すことができないという問題が残ります。
 A 任意後見監督人選任の申立ての手間がかかり、また申立てから選任までに時間を要するので、財産管理を即時に始めることができません。



リストマーク 信託のメリット

■ 信託はお手軽なだけではなく、いくつかのメリットがある。

 そこで、信託を活用しようということになります。Tさんのケースでは、受託者が長男であり、いわゆる家族内信託となります。委託者であるTさんと受託者である長男との間で信託契約を締結することで、信託の効力が生じることになります(信託法4条1項、3条1項1号)。任意後見と比べると非常に「お手軽」ということになります。
 財産管理や任意後見でデメリットとされていた点はどうでしょうか。
 @ 信託財産の名義は受託者に移転するので、本人が勝手に処分してしまうという問題も回避できます。
 A 受託者の監督については、信託監督人という制度が設けられています(信託法131条〜)。信託契約において、弁護士などの専門家を信託監督人に指定しておくと、これらの専門家による受託者の監督が可能となります。信託法には規定がありませんが、信託契約において「同意権」や「指図権」を設けることも考えられます。たとえば、信託契約において、「受託者は、不動産の処分については指図者の指図に従って行わなければならない。」旨を定め、指図者に弁護士などの専門家を指定しておくことにより、受託者の監督を図るというわけです。
 任意後見は、本人に精神上の障害による判断能力の低下ということがなければ利用できませんが、信託では、判断能力に問題はないが身体に障害を有する、足腰が弱って動けないという高齢者の場合でも利用することができます。
 このように、他の財産管理制度と比較して、信託を利用する方がメリットがあると考えられる場面があるのです。
(以下、「民事信託の活用と課題A」に続く。)



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