民事信託の活用と課題A (弁護士 寺澤政治)


 平成23年1月11日日弁連講堂クレオにて、「民事信託の活用と課題」と題する弁護士研修講座の講師を務めました。民事信託とは、高齢者の財産管理のための信託、障害者の扶養のための信託、子や孫の養育や教育のための信託、遺産分割による紛争の防止や財産承継の手段としての信託など、親族内における財産の管理、移転等を目的とする信託をいいます。講演内容のダイジェスト第2回です(2011/1/15)。


リストマーク 信託の基本構造

■ 信託の当事者、信託財産、信託の目的
 信託法2条1項において、信託とは、「特定の者(受託者)が一定の目的(専らその者の利益を図る目的を除く。)に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべきものとすること」をいうと定義されています。
 すなわち、下図のとおり、財産を有している者が委託者となり、受託者に対し財産を移転します。受託者は、委託者の定めた一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をして、一般的には、委託者が利益を与えようと意図した者である「受益者」に、経済的利益を帰属させるというのが、信託の基本的な構造です。
 @ 信託においては、一般的には、「委託者」、「受託者」、「受益者」とい3つの当事者が出てきます。
 A 信託においては、まず一定の財産(信託財産)が存在し、信託の効力を生じたときに、財産が受託者に帰属します。この財産とは、典型例としては、金銭、不動産や動産の所有権、金銭債権、著作権や特許権などの知的財産が挙げられます。委託者の不動産に受託者を抵当権者として抵当権を設定することにより抵当権という財産を受託者に帰属させることもあります。議決権行使を目的とする株式自体の信託的譲渡(議決権信託)も有効とされています。
 B 信託においては、受託者は、一定の目的に従って、その信託財産の管理や処分など、その目的の達成のために必要な行為をする義務を負うことになります。




委託者

財産(権)
の移転


受託者
経済的利益の帰属


受益者




リストマーク
委託者=受託者の信託

■ 自己信託(信託宣言)
 信託の中には、委託者と受託者がイコールという信託もあります。委託者が自分の有する財産のうち、ある一定の財産について「信託財産として別に扱います」と宣言することによって信託を設定することができます。これを「自己信託」、あるいは「信託宣言」による信託の設定といいます(信託法3条3号)。
 ただし、委託者(=受託者)が自己信託をすると、当該信託財産は委託者の個人財産から分離され、その債権者からの強制執行を免れるという効果をもたらすものですので、財産隠匿や強制執行免脱に濫用されるおそれがあります。そこで、信託の設定日をさかのぼらせることができないように「公正証書その他の書面又は電磁的記録」で必要事項を「記載又は記録」する方法で信託を設定しなければならないこととされています(信託法3条3号)。また、「委託者がその債権者を害することを知って」自己信託をしたときは、詐害行為取消訴訟を行うことなしに、強制執行等を行うことが可能とされています(信託法23条2項)。



リストマーク 委託者=受益者の信託

■ 自益信託

 信託の中には、委託者と受益者がイコールという信託もあります。「民事信託の活用と課題@」で採り上げたTさんの事例がこれに該当します。このように委託者が自分に利益を得させる信託を自益信託といい、他社に利益を得させる信託を他益信託といいます。



リストマーク 受託者=受益者の信託は?

■ 受託者が唯一の受益者となるような信託は避けた方がよい。

 受託者イコール受益者という信託は可能でしょうか?
 信託法163条2号に、信託の終了原因として、「受託者が受益権の全部を固有財産で有する状態が1年間継続したとき」と規定されています。この条文の反対解釈として、1年間は受託者が唯一の受益者でもよいということになりそうです。しかし、信託法2条1項の「信託」の定義規定において、「一定の目的」について括弧書きで「専らその者=受託者の利益を図る目的を除く。」と規定されています。すなわち、もっぱら受託者自身の利益を図るための信託と解されてしまうと、信託として成立しないということになります。したがって、実務的には、受託者が唯一の受益者となるような信託は、「もっぱら受託者の利益を図る目的」と解されて、信託として成立しないリスクがあるので避けた方がよいと考えられます



リストマーク 受益者の定めのない信託

■ 目的信託

 受益者の定めのない信託も可能です。このような信託を目的信託といいます(信託法258条1項)。ただし、目的信託の存続期間は20年に限定されており、公益目的以外の目的信託の受託者については別に法律で定める日までの間、信託事務を適正に処理するに足りる財産的基礎及び人的構成を有する者として政令で定める法人に限られるものとされています(信託法附則3条)。
 なお、自己信託により受益者の定めのない信託を設定することはできません(信託法258条1項)。
(以下、「民事信託の活用と課題B」に続く。)



本サイトの記載内容や写真等は著作権法により保護されております。
無断で転載、複写することはできません。
トップページ以外への直リンクは禁止します。

(c) copyright, Lawyer MASAHARU TERAZAWA All rights reserved.