民事信託の活用と課題D (弁護士 寺澤政治)


 平成23年1月11日日弁連講堂クレオにて、「民事信託の活用と課題」と題する弁護士研修講座の講師を務めました。民事信託とは、高齢者の財産管理のための信託、障害者の扶養のための信託、子や孫の養育や教育のための信託、遺産分割による紛争の防止や財産承継の手段としての信託など、親族内における財産の管理、移転等を目的とする信託をいいます。講演のダイジェスト第5回は、民事信託を活用する上で有用と考えられる信託法上の制度について説明します(2011/1/16)。


リストマーク 受益者指定権等

■ 受益者指定権等とは
 「受益者を指定し、又はこれを変更する権利」を受益者指定権等といい、信託行為において、受益者指定権等を有する者の定めがなされた場合、その者が受託者に対する意思表示によって受益者指定権等を行使することができます(信託法89条1項)。なお、受益者指定権等を有する者が受託者である場合は、受益者となるべき者に対する意思表示によってこれを行使することとなります(信託法89条6項)。
 受益者指定権等は、遺言によって行使することもできます(信託法89条2項)。その場合、受益者指定権等の効果は、遺言の効力発生時、すなわち受益者指定権等を有する者の死亡時に生じることになります。
 この制度は、委託者が財産を信託してまず自分が受益者となり(自益信託)、老後の面倒を見た子を自分が死んだ後の受益者に指定することを意図して、自分を受益者指定権等を有する者と定めておくなどの活用法が考えられます。


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遺言信託と遺言代用信託

■遺言信託とは
 親がその死亡後における子のための財産管理を目的として信託の活用を考える場合、遺言信託を利用する方法と遺言代用信託を利用する方法が考えられます。
 遺言信託とは、遺言により信託を設定することです(信託法3条2号)。すなわち、一定の財産を信託財産として受託者に移転させ、受益者である子が信託財産から経済的利益を受けるという内容の遺言をし、自分の死亡により、その効力が生じるというものです。

■ 遺言代用信託とは
 遺言代用信託とは、委託者の死亡時に受益者となるべき者として指定された者が受益権を取得する旨の定めがある信託(1号)又は委託者の死亡時以後に受益者が信託財産に係る給付を受ける定めのある信託(2号)をいいます(信託法90条1項)。
 遺言代用信託では、委託者が生前に受託者との間で信託契約を締結することとなります(生前信託)。1号と2号の違いは、たとえば、資産を有する者が生前に受託者との間で信託契約を締結し、自分が生存中は自分が受益者として信託財産から経済的利益を受け、自分の死亡後は子が受益者となり信託財産から経済的利益を受けるという場合は1号、自分が生存中は信託財産から経済的利益を受けず、子を受益者として定めておき、自分が死んだ後その子が信託財産から経済的利益を受けるという場合は2号ということになります。

■ 遺言信託と遺言代用信託との比較
 遺言信託は、受益者との関係における法的効果は、遺贈に類似することになるのに対し、遺言代用信託は、死因贈与に類似することになります。遺言信託は、遺言による財産の処分行為に当たり、遺言の方式や効力に関する民法上の規定が類推適用され、厳格な遺言の方式を履践する必要があり、また、遺言書の検認、遺産分割協議や遺言執行者による執行などの手続が必要となるのに対し、遺言代用信託は、契約であるので、このような厳格な方式は要求されず、手続も不要となります。
 また、預金については、遺言代用信託では、生前の信託契約によって受託者に名義変更されていることから、親が死亡した際も、子の生活等のためにそのまま利用できますが、遺言信託の場合は、親の死亡によってすぐに閉鎖され、遺言書の検認や遺産分割協議等を経て遺言書に従い受託者に名義変更ができるまで利用できないということも指摘できます。
 そうすると、親の死亡後における子のための財産管理の方法としては、遺言信託よりも遺言代用信託(生前信託)の方が利用しやすいということになりそうです。



リストマーク 後継ぎ遺贈型受益者連続信託

■ 後継ぎ遺贈型受益者連続信託とは

 後継ぎ遺贈型受益者連続信託とは、受益者の死亡により、当該受益者の有する受益権が消滅し、他の者が新たに受益権を取得する旨の定め(受益者の死亡により順次他の者が受益権を取得する旨の定めを含む。)のある信託をいいます(信託法91条)。
 下の図の例だと、委託者Aがその生存中は自らが受益者となり、Aの死亡後は、Aの妻Bが第2受益者となり、Bの死亡後はABの長男Cが第3受益者となり、Cの死亡によりCの長男(ABの孫)Eが第4受益者となるというように、受益者が連続する信託のことをいいます。


委託者A


受託者


夫A

第1受益者
妻B

第2受益者

長男C

第3受益者


二男D




孫E

第4受益者


 後継ぎ遺贈型受益者連続信託は、「当該信託が設定された時から30年を経過した時以降に現に存する受益者が当該定めによって受益権を取得した場合であって当該受益者が死亡するまで又は当該受益権が消滅するまでの間、その効力を有する。」と規定されています(信託法91条)。
 上の図の例だと、Cが受益権を取得したのが信託設定から30年を経過した以後であれば、EはCが死亡しても受益権を取得しないということになります。

■ 後継ぎ遺贈型受益者連続信託と遺留分減殺請求
 信託も遺留分減殺請求の対象となるため、信託の設定の際は、相続人の遺留分に配慮することが必要となります。
 後継ぎ遺贈型受益者連続信託において、どのタイミングで遺留分減殺請求をすることができるのかということが問題となります。この点については、委託者が死亡した後の1番目の受益者が受益権を取得した段階でのみ遺留分減殺請求が認められますが、2番目以降では遺留分減殺請求は認められないと解されています。
 上の図の例で、Dの遺留分が侵害された場合、Dは、Aが死亡してBが受益権を取得した際に、遺留分減殺請求を行うことができますが、Bが死亡してCが受益権を取得した際には遺留分減殺請求を行うことができないということになります。
 遺留分減殺の順序については、後継ぎ遺贈型受益者連続信託の場合、信託設定時にすでに財産を処分していると考えて、減殺の順序を考えることになります。仮に、信託契約により後継ぎ遺贈型受益者連続信託が設定された場合は、まず遺贈を減殺し、次に「相続させる」旨の遺言または遺言信託を減殺し、最後に後継ぎ遺贈型受益者連続信託を減殺するということになると解されます。

(以下、「民事信託の活用と課題E」に続く。)



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