民事信託の活用と課題F (弁護士 寺澤政治)


 平成23年1月11日日弁連講堂クレオにて、「民事信託の活用と課題」と題する弁護士研修講座の講師を務めました。民事信託とは、高齢者の財産管理のための信託、障害者の扶養のための信託、子や孫の養育や教育のための信託、遺産分割による紛争の防止や財産承継の手段としての信託など、親族内における財産の管理、移転等を目的とする信託をいいます。講演のダイジェスト第7回は、活用例について考えてみましょう(2011/1/24)。


リストマーク 事例1 高齢者の財産管理のための信託の活用例

高齢者Aさんは、頭がしっかりしているものの、足腰が不自由で外出することが困難です。また、将来認知症になった場合のことも心配です。

■ 財産管理契約+移行型の任意後見契約
 Aさんは、身体障害はあるが、判断能力には問題がありません。この場合、成年後見制度を直ちに利用することはできません。
 そこで、財産管理契約と移行型の任意後見契約を締結して、Aさんの財産管理や生活費の給付を行うというスキームが考えられます。

■ 信託の活用
 信託を活用する場合は、Aさんを委託者兼受益者、信頼できる身内の方Bさんを受託者とする自益信託を設定することが考えられます。Aさんが資産家であれば、信託銀行に受託させることもあるでしょう。
 受託者の監督等を考えて、信託契約において、弁護士などの専門家Cを同意者・指図者と指定しておくこくことや、信託監督人として指定しておくことも考えられます。


委託者A




信託契約
受託者B


生活費等
の給付
受益者A



委託者A




信託契約

受託者B




指図等




生活費等
の給付
同意者・指図者
信託監督人

受益者A



 Aさんの判断能力が不十分となった場合の身上監護等も考え、Bさんを任意後見受任者とする任意後見契約を併用することも考えられます。この場合は、任意後見監督人と、同意者・指図者・信託監督人との権限が重複しないように対処しておく必要があります。たとえば、任意後見契約の効力が生じたときは、任意後見監督人を信託監督人に指定し、任意後見監督人が信託監督人に就任した場合に、元の信託監督人の任務が終了するというような条項を設けることになります。


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事例2 親亡き後の子の生活保障のための信託の活用例

Aさんは、幼い子Bがいます。Aさんは、自分が死亡した後のBの生活保障や、Bが若くして大金を持つと浪費してしまうのではないかが心配です。

■ 遺言による未成年後見人の指定
 未成年者に対し最後に親権を行う者は、遺言で、未成年後見人を指定することができます(民法839条1項)。Aさんは、遺言で、信頼できる親族のCさんを未成年後見人に指定しておきます。この場合、事前にCさんによく相談して了承を得ておくことが重要です。
 しかし、そのままでは、Aさんが死亡した場合、遺産はすべてBに相続されることとなります。Bが成人するまではCさんが後見人として管理できますが、Bが成人するとBはすべての財産を自由に利用することができるようになります。20歳の若年者が一挙に多額の財産を手にすることで、浪費してしまったり、消費者被害にあったりするなどのリスクが考えられます。これらのリスクを回避し、Bが成人した後も計画的に財産を利用できるようにするために、信託を活用することが考えられます。

■ 信託の活用−遺言信託
 遺言信託により、未成年後見人となるCを受託者とする信託を設定する方法が考えられます。Cを受託者とし、信託の終了事由をBが○歳に達したとき、あるいは、Cが大学を卒業後就職したとき等として、それまでは、受託者であるCが遺言信託の定めにしたがって計画的に信託財産から経済的給付をしていくこととするのです。


委託者A





遺言信託
受託者兼
後見人C


受益者B



■ 信託の活用−遺言代用信託(生前信託)
 次に、遺言代用信託(生前信託)を利用する方法を検討します。
 Aさんは、生前からその財産をCさんに管理してもらうということであれば、Cさんとの間で信託契約を締結し、Aさんの存命中はAさんを受益者、Aさんが死亡後はBを受益者とする遺言代用信託を設定することが考えられます。

委託者A




信託契約
受託者C




第1受益者


Aの死亡


第2受益者


 Aさんが存命中は自分で財産を管理し、Bの面倒も自分でみるという方が一般的かもしれません。このようなケースについて生前信託を利用する場合、たとえばAさんに妻A’さんがいる場合は、A’さんを受託者、Aさんを第1受益者とし、Aさんが死亡したときを受託者の任務終了事由とした上でCさんを新受託者と指定しておき、また、Aさんが死亡した後の第2受益者としてBを指定する内容の信託を設定するというスキームが考えられます。ただし、A’さんがAさんより先に死亡した場合の手立てなどさらに検討しなければならない点があります。

委託者A




信託契約
受託者A’




Aの死亡
受託者C


新受託者の指定


第1受益者


Aの死亡


第2受益者


 また、Aさんが、Bの生活保障のための財産について、受益者をBとする自己信託を設定し、信託宣言の中で受託者でもあるAさんが死亡したときにCさんを新受託者として指定しておくという方法も考えられます。

委託者A




自己信託
受託者A




Aの死亡
受託者C


新受託者の指定
受益者B





リストマーク 事例3 障害者の生活保障のための信託活用例

高齢者Aさんには、重度の精神障害をもつ子Bがいます。Aさんは、自分に判断能力があるうちは自分でBの面倒をみたいが、足腰が弱って外出も不自由であることから、自分の財産のうちABの生活の維持に必要な財産の管理等を信頼できる親族のCさんにお願いし、さらには、自分の判断能力が低下し、または死亡したときにも、Cさんに引き続き財産を管理してもらい、Bの生活保障を図りたいと考えています。

■ 信託契約(遺言代用信託)+移行型または将来型の任意後見契約

 Cさんとの間で信託契約を締結し、Cさんを受託者として、Aさんが存命中はAさんを第1受益者、Aさんが死亡後はBを第2受益者とする受益者の死亡により、当該受益者の有する遺言代用信託(生前信託)を設定します。
 また、Aさんの判断能力が不十分となった場合の身上監護等も考え、Cさんを任意後見受任者とする移行型または将来型の任意後見契約も併用します。
 受託者の監督等を考えて、信託契約において、弁護士などの専門家Dを同意者、指図者または信託監督人に指定しておくということも考えられます。


委託者A




信託契約
受託者C




指図等



同意者・指図者
信託監督人


第1受益者


Aの死亡


第2受益者

■ 特別障害者のための特定贈与信託
 特定贈与信託とは、特別障害者(重度の心身障害者)の生活の安定を図ることを目的に、その親族や篤志家等が、信託銀行等に金銭等の財産を信託するものです。この信託を利用すると、6000万円を限度に贈与税が非課税となります。

(以下、「民事信託の活用と課題G」に続く。)



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