民事信託の活用と課題B (弁護士 寺澤政治)


 平成23年1月11日日弁連講堂クレオにて、「民事信託の活用と課題」と題する弁護士研修講座の講師を務めました。民事信託とは、高齢者の財産管理のための信託、障害者の扶養のための信託、子や孫の養育や教育のための信託、遺産分割による紛争の防止や財産承継の手段としての信託など、親族内における財産の管理、移転等を目的とする信託をいいます。講演内容のダイジェスト第3回です(2011/1/16)。


リストマーク 信託の設定(信託行為)

■ 信託行為には、@信託契約、A遺言、B自己信託の3種類がある。
 信託を設定する行為を信託行為といいますが、信託行為には、@信託契約、A遺言、B自己信託の3種類があります。

@ 信託契約(信託法2条2項1号、3条1号)
 「信託契約」とは、「特定の者(受託者)との間で、当該特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の契約」をいいます(信託法3条1号)。
 信託契約は、信託契約の締結によって効力を生じます(信託法4条1項)。すなわち、信託契約は諾成契約ということになります。

A 遺言(信託法2条2項2号、3条2号)
 「特定の者(受託者)に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の遺言」をする方法によっても信託を設定することができます(信託法3条2号)。これを「遺言信託」ということもあります。信託銀行が販売している「遺言信託」という商品はこれとは別のものです。
 遺言信託は、当該遺言の効力の発生によって効力を生じます(信託法4条2項)。

B 自己信託(信託法2条2項3号、3条3号)
 「特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為を自らすべき旨の意思表示」(信託法3条3号)を信託宣言といいます(信託法3条2号)。信託宣言による信託の設定、すなわち「自己信託」については、「民事信託の活用と課題A」で説明したので省略します。


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信託財産

■ 信託財産とは
 信託財産とは、「受託者に属する財産であって、信託により管理又は処分をすべき一切の財産」をいいます(信託法2条3項)。典型例としては、金銭、不動産や動産の所有権、金銭債権、著作権や特許権などの知的財産が挙げられます。委託者の不動産に受託者を抵当権者として抵当権を設定することにより抵当権という財産を受託者に帰属させることもあります。議決権行使を目的とする株式自体の信託的譲渡(議決権信託)も有効とされています。

■ 債務の信託?
 「財産」には、消極財産である債務は含まれないことから、債務自体を信託することはできません。
 なお、委託者が信託前に負っていた債務であっても、信託行為において「信託財産責任負担債務」(受託者が信託財産に属する財産をもって履行する責任を負う債務・信託法2条9号)とすることを定めれば、当該債務の債権者は信託財産から弁済を受けることができるということになります。しかし、委託者が自分の債務を信託財産責任負担債務にしたからといって、その債権者が信託財産しか差し押さえられなくなるというわけではなく、委託者は依然としてその債権者に対して債務を負っていることには変わりありません。したがって、債務自体を「信託財産」とすることができる、という表現は正確ではありません。

■ 信託財産であることの公示
 信託法では、「登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産については、信託の登記又は登録をしなければ、当該財産が信託財産に属することを第三者に対抗することができない。」と定められています(信託法14条)。
 登記が必要となる財産の典型例は不動産です。不動産を信託する場合、その不動産について信託の登記をしなければ、その不動産が信託財産に属することを第三者に対抗できないことになります。
 登録が必要となる財産の典型例は特許権です。特許権についても、信託の登録をしなければ、その特許権が信託財産に属することを第三者に対抗できないこととなります。
 これに対して、現金、通常の動産、金銭債権、現物の有価証券などは信託財産であることの公示は必要とされていません。なお、動産や金銭債権については、「動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」による登記制度が設けられていますが、これは民法上の対抗要件(動産の場合の引き渡し、債権の場合の確定日付ある証書をもってする通知または承諾)の代わりに登記をすることも可能としたものですので、「登記をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産」には該当しません。したがって、信託財産であることの公示をしなくても第三者に対抗できるということになります。

■ 信託財産の独立性
 信託財産は、受託者に帰属することになるので、委託者から独立することとなります。他方、受託者の固有財産とは別個独立のものとして扱われます。信託財産については、受託者個人に対する債権者は差し押さえることができませんし(信託法23条1項)、受託者が破産しても破産財団に組み込まれません(信託法25条1項)。また、受託者が死亡したときは、信託財産は法人となり、受託者の相続財産にはなりません(信託法56条1項1号、74条1項)。このように、受託者に帰属しながら受託者の固有財産とは別個独立のものとして扱われることを信託財産の独立性といいます。
 信託財産は、委託者・受託者の破産の危険から隔離されることとなり、このことを信託の倒産隔離機能といいます。将来に向けて、長期間にわたり、親亡き後の子、障害者、高齢者の生活を支援していくスキームを作る上で、信託の倒産隔離機能によって信託財産が保全されるということが重要な意味を持ちます。



リストマーク 信託財産責任負担債務と限定責任信託

■ 信託財産責任負担債務

 「信託財産責任負担債務」とは、受託者が信託財産に属する財産をもって履行する責任を負う債務のことです(信託法2条9号)。どのような債務が信託財産責任負担債務になるかについては、信託法21条1項に、以下の権利にかかる債務が信託財産責任負担債務になると規定されています。
@ 受益債権
A 信託財産に属する財産について信託前の原因によって生じた権利
B 信託前に生じた委託者に対する債権であって、当該債権に係る債務を信託財産責任負担債務とする旨の信託行為の定めがあるもの
C
D 信託財産のためにした行為であって受託者の権限に属するものによって生じた権利
E
F
G
H その他信託事務の処理について生じた権利

 受託者が信託事務を処理する過程で債務を負担したとき、その債務は、信託財産責任負担債務となり、受託者は、信託財産に属する財産によって弁済してよいということになります。
 信託法21条2項では、信託財産責任負担債務のうち、受託者が信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負う場合が規定されています。
@ 受益債権
A 限定責任信託の定めがあり、その旨の登記がされているとき
B 信託法の規定により、信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負うものとされる場合
C 信託債権を有する者(信託債権者)との間で信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負う旨の合意がある場合

 これらに該当すれば、受託者は、信託財産に属する財産のみから弁済すればよく、受託者の固有財産により弁済しなくてもいということになります。これを信託財産限定責任負担債務と呼ぶこともあります。
 しかし、これらに該当しない場合は、受託者は、信託事務を処理する過程で債務を負担したとき、その固有財産によってもその債務を履行する責任を負うこととなります。受託者は、信託財産責任負担債務につき、信託財産によりその債務を弁済することもできますし、受託者の固有財産により弁済した場合は信託財産に求償することもできますが、信託財産が不足する場合は、結局受託者個人が負担しなければならないということになってしまいます。そこで、「限定責任信託」というものが設けられました。

■ 限定責任信託

 限定責任信託とは、「受託者が当該信託のすべての信託財産責任負担債務につい信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負う信託」をいいます(信託法2条12項)。限定責任信託が設定されれば、信託事務に関する取引によって生じた債務などの信託財産責任負担債務については、受託者は、信託財産のみにより弁済すればよく、債権者は、受託者の固有財産に対して強制執行をすることができないということになります(信託法217条1項)。
 限定責任信託は、信託行為においてその旨の定めをし、2週間以内に限定責任信託の登記をすることによって、効力を生じるものとされています(信託法216条、232条)。
(以下、「民事信託の活用と課題C」に続く。)



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